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RIPPLE

Author:RIPPLE
グラフィックデザイナー・カメラマン・エディター・ライター・映像クリエイター・自主映画監督・ラジオパーソナリティー・イベンターの肩書きをもつ。
好奇心旺盛だがどれも極みきれていない中途半端というか発展途上というかやっぱり中途半端なおっさん。

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 わかばのおっさん
ひとりで訪れた初めての鳥取県での出来事。



鳥取砂丘で夕焼けを拝んだ後、
地図に記された銭湯の記号をたよりに、鳥取駅前の
「宝湯」へ車を走らせた。

黒い煙突が伸び、昔ながらのたたずまい。
「男」と書いてあるのれんをくぐると、またも昔ながらの番台にNHKを見ながらうちわを扇ぐおばあちゃんがひとり。

お金を払い、古びた木製ロッカーへ着替えとタオルを雑に放り投げる。
大胆に服を脱ぐ。
海で泳ぎ、浜風に当たったせいか、少し体がベタついている。

風呂場へ入ると、湯気の中に先客が何名かいた。
小学高学年くらいの男の子とその父親。
りりしい顔をした男の子は、比較的若く見える父親に頭を流してもらっている。
それに、もうひとり。
50~60代のおっさん。
さっき服を脱いでいる時に番台のおばあちゃんと慣れしく話をしていたおっさんだった。
どうやら宝湯の常連らしい。

ひとりでゆっくり今日一日の疲れをとりたかった僕にとっては少し残念ではあった。

宝湯にシャワーはなかった。
蛇口からお湯を出し、お馴染み「ケロリン」の洗面器で頭からどばっとかける。
普段、シャワーばかり使っている僕は、シャンプーが頭から流れきったのか気になり、何度もそれをくり返した。

蛇口からお湯が流れる勢いはかなり強く、狭い宝湯の男湯にまるで滝のように響き渡っている。ように聞こえたのは僕だけだったのか。
頭、体を洗い終わり、静かになると、先客の小学生と常連のおっさんがなにやら話をしていたことに気付いた。

「にいちゃん!男ってのはな、強くならなきゃいかん」

「はい」

「志を持ってな、苦労もいっぱいしたらええ。でも、それを耐えてこそ、男なんだ!にいちゃんの顔気に入ったからゆうとんのやで」

「はい、ありがとうございます」

「どうしても耐えれんようになったら、父ちゃんに聞いてもらえ。そのために父ちゃんはおるんやぞ」

「はい」

「おっちゃんにはな、18になる娘がおってな…」

おっさんは説教じみたことを延々と少年に話す。
少年は特に目を合わさず、小さな「はい」をくり返すやり取りが続いた。
父親も相手にしていなかった。
宝湯の男湯はやたら大きな声のおっさんの演説会場と化していた。

こちらとしては、疲れを癒すために銭湯に来ている。
気持ちは分かるが、あんたの娘の話なんぞに興味はない。

僕はそんなことを思いながら、湯舟に体を沈ませた。
明日はどうしようか、今からどうしようか、せっかく鳥取まで来たんだ、うまい飯でも食いたいもんだ。
焦茶色の汚い天井の露を見上げながら考えたいものだが、おっさんの話は終わる気配を見せない。

とりあえず、話し相手が僕ではなくてよかった。
親子には悪いが、それだけが救いだった。

「にいちゃんは、おっきくなったら絶対立派になるぞ!そんな顔をしてるんや!なんの心配もいらんぞ。おっさんがゆうんやから本当やぞ」

「はい」

「街でおっちゃんに会ったら「おー!おっちゃーん!」ってゆって声かけるんだぞ!分かったか?いじめられたらゆうてこいよ」

「はい」

「よーし!しっかり頭洗ったか?おでこに泡がついてるぞ。ほら。タオルでしっかり洗え」

「あ、はい」

「よしよし!おっちゃんが頭から湯ぅかけたるから、しっかり目閉じとけよ」

ザッパーン

父親がとなりにいるのに、おせっかいなおっさんだ。
話によれば、娘は高知に住んでいるという。
きっと寂しいんだろうと思った。
おっさんのいろんな話を聞いていると、少し同情の思いが芽生え始めた。
それでも、おせっかいすぎる気がして、少年が可哀想だという同情も混ざっていた。


脱衣所でもまだおっさんの演説は続いた。
少年も小さな体を大きなバスタオルでせっせと拭きながら「はい」とだけ答える。
結局、僕が入っている間、おっさんの説教じみた演説は終わることはなかった。

「にいちゃんまたな!街で会ったらおっちゃんに声かけろよ!分かったか?勉強も遊びも頑張れよ!元気でやれよ」

「はい、ありがとうございます」

なんていい子なんだろう。
無愛想ではあったが、あんなおっさんの話だ。
何も言えないのは、当たり前だ。

そして、親子は宝湯を後にした。

すると、宝湯の外で女性の怒鳴る声が響いた。

その怒鳴り声は聞き取れないほどヒステリックな叫びだった。
風呂上がり、昔ながらの瓶コーラ片手に少し固まった僕がいた。

怒声が止むと、僕は上半身裸で茶色いソファーに座り、タバコに火をつけた。
すると、常連のおっさんが僕のむかいのソファーにどっしりと腰かけた。
おっさんは、「わかば」というマイナーなタバコを取り出し、マッチで火をつけた。

次は僕の番か。
内心、捕まった思いで僕は気にするそぶりを見せずにゆっくりと煙を吐いた。

「かわいそうな子なんや…」

そう言うと、僕の後を追うようにスーっと煙を吐いた。
思いがけぬ一言だった。
神妙な面持ちでおっさんはまるで独り言のように僕に話し始めた。

「あの子に初めて会ったのは2ヶ月くらい前やったかの。
大雨の日やった。
わしが、近くの八百屋におったら、あの子が土砂降りの中、走ってホウレン草を買いに来たんや。
今にも泣き出しそうな顔で、ホウレン草を探すんや。
こんな日に傘なしでおつかいに頼まれたらしいんや。
あまりにも哀れに思えてな、おっちゃんが買ってあげたんや」

僕は、何も言わなかった。
ただ2人のタバコの煙が舞う中で聞こえるおっさんの話に聞き入った。

「そしたら、目の前に車が停まって、あの子のかあちゃんが血相かいてこっちに来たんだよ。
そんで、あの子は大雨の中で、おっちゃんに買ってもらったことを説明したんだよ。かあちゃんは傘さしてな。
かあちゃんはさっきみたいなヒステリックな声で怒鳴り散らしてさ、
パーンッ
とあの子のほっぺたを思いっきり平手打ちしたんだよ。
あの子はぶっ飛ばされて倒れてよ。
一言いってやろうと思ったけど、あっちゅー間に息子を車に乗せていっちまったんだよ」

お互い2本目のタバコに火をつけた。
わかばの煙は少し癖がある臭いがした。
僕はただその煙の奥に見えるおっさんの悲しい顔を見ることしか出来なかった。
僕はこの何十分間、何を考えていたんだろう。
窮屈な気持ちの中で、少年とおっさんの間にあるものを考えることをしていなかった。
自分が風船のようにしわを残しながらしぼんでいくのが分かった。

「家で何されてるか分かるもんか。
あんな母親を持ってしまったあの子は幸せになれんのか。
父親もなんもいわねぇ。あの子はかわいそうなんだよ。
でも、誰かがついてるってことを知ってほしいんだよ。
こんなよく喋るだけの老いぼれだけどな。
親にも気付いてほしいんだよ。この子の苦しみを。
だから、女湯の母親にも聞こえるような声で、あの子におっちゃんがいることを言ってやったんだ」

おっさんが下を向いている間に、タバコの灰が脱衣所の床にゆっくりと落ちた。

僕は悲しくなった。
乾ききった体はなんとも言えぬ感情に包まれた。

おっさんと僕の間にしばらくの沈黙が続いた。

「ここらへんでは見ない子だな」

いけない先入観を持ってしまったこと。
恥じている僕を知ることもないおっさんは言った。

「三重県から来たんですよ」

宝湯で初めて、口を開いた。

「ほう!三重から?なんでまた?」

「ちょっとひとり旅に来てて。鳥取は初めてなんです」

「そうか。砂丘か?三重は一度行ったことがあるな~」

「どこへ?」

「真珠のとこ。女房とふたりで結婚する前にデートに行ったんや。
女房が貝を開けとったらな、珍しい黒い真珠が出たんや。
ふたりで大喜びしてな。
その後、5万くらいの真珠のネックレスを買って、「結婚してくれ」ってプロポーズしたんや。
そしたらな、
「黒い真珠が出た時に、私はこの人と結婚するって決めました」
ってゆってくれたんや。
嬉しくてな~。だから三重はよく印象に残っとるんよ」

温かい気持ちになった。
僕はいつの間にか、おっさんに柔らかな笑顔を見せていた。


「でもな、その女房が2年前に子宮癌で死んだんや」


僕の笑顔は消えた。

「それから、娘は高知の土佐へ行ってしまってな、
今は鳥取でひとりで住んでるんや。
こんなアホな俺と20年もおってくれてな。
収入も少ない。喧嘩っぱやい。どうしようもない男や。
苦労をかけた。もっと幸せにしてやりたかった。
せめてもの償いやと思って、今は一生懸命働いて、娘に仕送りして、
全然知らん子にも幸せになってもらいたいと思ったんや」

おっさんが吸っているわかばの煙が少し苦くなった気がした。
僕は、何も言えなかった。
でも、おっさんは俺に何を求めているわけでもない。
聞いてあげることがおっさんにできることだった。

「娘が最近彼氏を連れてきよってな、その男がまた頼りないんや!」

そんな風に、おっさんはまた僕に話を始めた。
僕も一生懸命聞いた。
2人。タバコをふかしながら。

娘の話。パチンコの話。鳥取の県民性の話。
鳥取の警察の話。ホステスの話。女遊びの話。
おっさんが話すたくさんの武勇伝。
楽しかった。
僕は笑った。おっさんのためと思ったわけじゃない。
夏になると蝉が鳴くように、僕もおっさんが話すと自然と笑っていた。

楽しい時間はあっという間に過ぎていってしまうもので、
風呂から上がって、1時間以上経っていた。
これからの予定もある。
僕は、惜しみながら立ち上がった。

「にいちゃん。長いこと付き合わせて、ごめんな」

「いえいえ、もっぺん風呂入ってあったまってくださいね」

「にいちゃん。あの頃、思い出させてくれてありがとうな。三重で元気でな!」

僕の目は、真直ぐにおっさんを見れなかった。
心の隅から溢れそうな気持ちを必死に止めていた。

おっさんは、わかばをくわえたまま、風呂へ入っていった。


僕は思った。
このひとり旅はひとりのおっさんと出会うために来たんだと。


帰りの車内、わかばの臭いが消えていくのが、少し寂しかった。


〈完〉
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(2007/07/20(金) 16:52)

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